2008年05月11日

料理写真 前編 フィルム時代

「大阪名物くいだおれ」のホームページは割と早く、10年ほど前から開設しています。
というのも、「くいだおれ」という言葉は一般名詞でもあり、誰かにこのアドレスを先に取られてしまうと、なかなか使いにくいという防御的な意味もあったのです。

そして、そのときにデザインと写真をお願いしたのがビットデザインスタジオの藤田さんと、澤さんでした。
当時、お二人は靱本町(うつぼほんまち)に共同でスタジオを構えておられました。ビットデザインスタジオはまだ藤田さんだけ、澤スタジオは澤さんと、アシスタントの女の子が一人いたくらいでしたか。
その後、「くいだおれ」のホームページの担当者が変わったり、また当時はそう頻繁にアップデートすることもなかったこともあり、しばらくお二方とはお仕事をすることがなかったのが、一昨年にホームページを全面的にリニューアルするにあたって、再びお願いすることになったわけです。

そして、この数年間には、いろいろずいぶん変わりました。
まず、コンピューターの環境が変わりました。当時はダイヤルアップが当たり前の時代なので、データの重さが最大の課題でした。画面をできるだけ分割して、最小限のデータ量で表現するのがデザイナーの腕の見せ所というわけで、フラッシュムービーなんてなかなか使えませんでした。

だから、写真もあまり使えなかったはずですね。
ブロードバンドが当然の今ではわずか1、2秒でダウンロードできる写真一枚が、当時は1分とかかかったのではなかったでしょうか。だから今みたいにサムネイルをクリックすると拡大写真がすぐに出てくる、というワザも使いにくかったのです。

さらに、もっと変わったのは写真そのものです。

10年前、いや5年前までは、写真はフィルムでした。新聞や雑誌は5年前にはかなりデジタル化してたのかもしれませんが、料理写真のように画質を重視するものでは、デジタルはとても考えられなかった時代です。

そしてまた、料理写真に対する考え方も違いました。
当時は、雑誌などのエディトリアルな効果を狙ったものは別として、パンフレットに使う料理写真はあくまで「カタログ」であって、どんな料理、どんなお皿が出てくるかを展示することが最大の目的だったわけです。

今でも、「くいだおれ」ホームページの和定食部門では現場の希望でそのような旧来のやり方をしています。

http://www.cui-daore.co.jp/wateisyoku_menu.html

ご覧いただければわかるように、テーブルの手前から奥まできちんとピントがあって、どの料理もきれいに見えます。そして大事なことは、どのお皿、どの器も、きっちり画面に入っているということです。

こういう撮影、けっこう大変なものでした。
だって、フィルム時代は、現像してみなければ結果がわからないのですから。

テーブルに料理を並べると、手前から奥までかなり奥行きがあります。
この全部にピントを合わせるとなると、学校の集合写真に使うような蛇腹のついたカメラが必要です。フィルム面に対して、レンズを斜めにしなくてはならないからです。

さらに、手前から奥までまんべんなく写すためには、ストロボの明るさをきちんと整えてやらなければいけません。絞り値にして3分の1以内。これは肉眼ではなかなかわかりません。もちろん、お皿の手前側とか料理のてっぺんとか、ハイライトになったり陰になったりする部分は良いのですが、それも効果的に計算しなくてはならない。
だから、大きな照明器具をいくつも使って、反射板(レフ板)を置いて、何十回と露出計で露出を計って準備をしたものでした。

それから、会席料理のようにお皿の数が多いと並べ方も大変です。一番見やすく、絵になる並べ方を模索して、露出を決めて、そしてポラロイドで撮影します。
ポラロイドは実際のフィルムほどきれいには出ませんし、実際のフィルムよりも明るさの許容範囲が狭いので、最終結果よりはキタナくしか写りません。暗い部分は実際以上に陰がついて、明るい部分は実際以上に白っぽくなってしまいます。

それを見ながら、また並べ替えたり、露出を合わせたり。
ポラロイドの現像を待つのに2、3分かかることもあって、料理写真を一点撮るのに、だいたい小一時間かかるのはザラでした。
また、印刷に使うのはポジフィルム、いわゆるスライド用のフィルムですが、これはふつうのネガフィルムと比べて露出の許容範囲がとても狭い。ふつうのネガだと少々露出が違っていてもプリントできるものですが、ポジはそうはいかない。
それで、ポジでの撮影では保険をかける意味で、少しずつ露出を変えて何カットも撮るものでした。
蛇腹のカメラだと、一枚とってフィルムを巻き上げて、というわけにはゆきません。フォルダにセットしたシートフィルムをいちいち差し替えて、どのフィルムがどの露出番号か印をつけて。ほんとに神経使う作業でした。

カメラマンというのは印刷屋さんが連れてくるのがふつうです。パンフレットを作るとすれば、どこかの印刷屋さんに発注して、そこがおかかえのカメラマンとデザイナーを使って作る。

でも、最初に「くいだおれ」のホームページを立ち上げるにあたっては、もっと写真のクオリティにこだわろう、ということになったのです。
まだインターネットが今ほど当たり前になっていなかったこともあったし、カタログ的な写真よりは、「食欲がわくような、美味しそうな写真」を使いたい、ということで、料理を専門にしていた澤さんにお願いすることにしたのです。

当時、写真の撮影料は1点いくら、でしたが、料理のような手のかかる「ブツ撮り」の場合、印刷屋さんのカメラマンが1点だいたい1万円くらいなのに対して、澤さんのような料理写真の専門カメラマンとなると、1点ン万円が相場でした。一日に撮影できる点数は限られているので、一度の撮影で何十万円もかかるわけではないのですが、やはりこの規模の会社としてはかなり奮発した感じでしたね。社長の、「よっしゃ、いっぺんやってみようや」の一言でした。

posted by くいだおれ太郎 at 19:34| Comment(0) | 日記